ピストルズ やがて哀しき独り言

東京・恵比寿で広告・Webプランニング・開発・制作会社を経営する3年目経営者の悲哀を語っていきます。 弊社URL→ http://www.pistil-pistol.co.jp

笑ってはいけない焼肉店

その店は、目黒の権之助坂にあった。薄汚い雑居ビルをエレベータで2階に上がると、突然流れ出す警報音。せめてファミリーマートに入店した時のチャイム音くらいにしてくれればいいのに、警報音。店に入った瞬間自分が強盗ではないかという錯覚に陥った。

さらに驚かせてくれるのは、エレベータの目の前にあるテーブルで眠っている外国人の店員。いくら客がいないからっと言って、一番目立つ場所で居眠りこかなくたっていいじゃないか!もう入店した時点で、僕の心の中の「ええじゃないか運動」は始まっていた。

この日は、前職の名古屋時代の後輩、東海地区を中心に活躍するライター、なかじこと中嶋くんと共に得意先周りをしていた。すべての営業活動が終わり、晩飯でも食おうと立ち寄った焼肉店での出来事だ。

眠気まなこのネパール人の店員さんにひと通りオーダーしたまでは良かったのだ。その店員がまだ着火されていない木炭を入れた七輪を持ってきたところから、笑ってはいけない焼肉店が始まることとなった。

あら、ここで着火するの?変わった店だわねと、その七輪を眺めていると、店員はいきなりガスを全開にして七輪の下の穴から強火で木炭を炙り始めた。と思ったら、いきなり上タンを網に並べ始める。木炭に火はついてないのに!炭火というのは完全にカムフラージュで、ガスの火で上タンを炙っているのだ。完全に度肝を抜かれた僕らが呆然としていると、1800円する上タンは全てガスの火であぶられ、其々の皿に取り分けられていく。言葉を失う僕らを尻目に、彼女は次に上焼肉盛合せ4200円も次々とガスの火に晒していくのだ。カルビ、ロース、ハラミと焼かれていく。もちろんガスでだ!そこでなかじが気が付いたのか、あ、自分たちで焼きますからと一言。ネパールからやって来た24歳の店員は、何も言わず、トングを置き、厨房へと去っていった。

この時点で笑ってはいけないポイントは4つ。

・客の入店を知らせる音がなぜか警報音

・店の一番目立つ席でネパール人の店員がガン寝している

・炭火とはカムフラージュで、実際はガス火

・黙っているとこちらのペースを完全無視して全ての肉を焼き尽くしてしまう

とにかく完全にペースを崩された僕らはなんとか態勢を立て直そうと、例の店員さんを呼びつけて、ドリンクのお代わりをオーダーする際に、せめて彼女の素性だけでも明かしておこうと取材攻勢をかけることにしたのだ。以下、知り得た情報。

・日本に来たのは3年前

・専門学校でITを学び、現在日本で就職活動中

・恋人は生まれてから1人もいない

・ネパールで起きた大震災で実家は全壊

・この焼肉店でのバイトは親戚のお兄さんの紹介

大変素直で純朴な彼女に一瞬心を奪われそうになった僕らではあったが、日本語上手だねと声をかけると、

「いいえ、漢字がスゴく難しいですぅね、JAVAならわかるぅんですけど」

「え、ブログラム書けるの?スゴイね。JAVAってURLの最後が.doのやつね」

「Doですねぇ!」とシャレを効かせてきやがる。その間にも、追加注文したカルビと子袋を焼き尽くしてしまった彼女。実に仕事熱心なのだ。

こうなったら仕方ない。彼女がどこまで仕事熱心なのか試してやろうとビビンパをオーダーし、彼女に掻き回してもらおうと決意するに至った。

運ばれてきたビビンパを掻き回してもらいながら、僕はスマホ片手に気づかない振りを決め込んだ。なかじはなかじで黙々とクッパを啜りながら素知らぬふり。彼女は淡々とビビンバを掻き回し、ゆうに5分は経過していった。チラ見すると、ビビンパの米は最早餅米のような粘り気を醸し、米なのか餅なのか分からない状態になってしまっていた。

「こめんなさい。もう許して下さい」と言ったのは僕である。僕がストップをかけなかったら、1時間でも2時間でも米を掻き回し続けていただろう彼女。その仕事熱心ぶりに心を打たれた。JAVAが得意のようだし、うちで採用してやってもいいなとまで思ってしまった。

問題のビビンパの味であるが、それはもう、ええじゃないかええじゃないかええじゃないか、餅米だってええじゃないか!餅だと思えばええじゃないか!ええじゃないかええじゃないかええじゃないか!

帰り際、店の入り口に貼られている、小栗旬山田優夫妻がこの店を訪れた時の写真を見つけた。小栗旬の目が僕らに語りかけていた。ええじゃないかええじゃないかええじゃないか!こんな店でもええじゃないか!ブログに書けばええじゃないか!