スローバラード 05
高円寺でのひとり暮らしは、僕にとっては初めての親からの独立だと考えていた。地元が東京やその近隣にある人間にとって、「親からの独立」というのは思っている以上にハードルが高い。大学進学や就職といってもほとんどが都内に通うことになるわけで、わざわざ自分で家賃まで払って、炊事洗濯をして、などという面倒くさい作業をしてまでもひとり暮らしをするメリットが見当たらないからだ。僕にとっても彼女との出会いがなければ、当分ひとり暮らしは始めなかったはずだ。
とはいえ、そんな無理をしてまでも男がひとり暮らしを始めるのは、女の子を気兼ねなく連れ込めるという安堵感と親の目を盗んでAVを鑑賞するというリスクを回避できるからに他ならない。ただ僕の部屋にはテレビがなかったので、AVとは無縁であったのだが。
江の島以降1週間以上、彼女が僕の部屋に来ることはなかった。1日に10回くらい往復していたメールも日に日にその数が減っていく。悪い予感が芽生え始めていた。
「今日久しぶりに吉祥寺のやきとり行かない?バイト代入ったからサワー飲み放題ということで」などとメールを送ろうものなら、以前は
「きゃーっ♡いくいく!じゃあカルピスサワー20杯♡」などと低能っぷり満載のメールが返ってきていたのだが、それ以降「今日は無理」「仕事入ってる」などの極めて事務的、且つ簡潔な文面を送り返してくるようになっていた。
呑気な僕もさすがに怪しさを感じ、同時に不安が生まれ、おろおろするばかりで、夜も眠れなかった。
意を決して2月の寒風吹きすさぶ夜に、彼女がお姉さんと暮らす恵比寿のマンションを訪ねることとなった。彼女は仕事から戻っておらず、お姉さんに快く迎え入れられた僕は、「うわっ、お姉さん、すんげえ巨乳じゃん!一度わたくしと勝負いたしませんか?」などという下衆な発想などこれっぽっちも持ち合わせることなく、ただひたすらに2人でテレビを観ながら彼女の帰りを待ったのだ。
「悪い予感のかけらもないさ」
僕はテレビに映る明石家さんまの出っ歯と向かいに座るお姉さんの巨乳を交互に見ながら、吐いては吸っての呼吸法を繰り返し、精神と肉体の隆起を必死に抑えていた。彼女がいまどこでなにをしているのか考える余裕などなくなってしまい、悪い予感はどこかに、というかその胸の谷間に吸い込まれ消えて行っていたのだ。
(次回へつづく)