ピストルズ やがて哀しき独り言

東京・恵比寿で広告・Webプランニング・開発・制作会社を経営する3年目経営者の悲哀を語っていきます。 弊社URL→ http://www.pistil-pistol.co.jp

スローバラード 03

湘南の海はただ寒いだけで、そこにはロマンティックのかけらもなく、片瀬江ノ島海岸の駐車場の中で、彼女が持ってきたRCサクセションのMDをずっと聴いていた。今思えば、それまで彼女の口から「清志郎」の名前など出てきたことはなかったはずだ。でもその時の僕にはそんなこと関係なかった。「ぼくの好きな先生」「トランジスタ・ラジオ」「ステップ」と流れる清志郎の歌声をBGMに、ずっと彼女の手を握っていた。(なぜ俺は今こんな恥ずかしい文章を書いているのだろうか?)

「市営グランドの駐車場 二人で毛布にくるまって」

そこは野球場でも陸上競技場でもなかったけれど、毛布だってなかったのだけれど、クルマの暖房を最大限に効かせ、上野のアメ横で買ったAIR FORCEのジャンパーを彼女に掛けてあげて、僕は彼女の真っ白なコートを被り、お互いの将来を語り合った。

「読モなんて専門学校行ってる間だけしかできないから、卒業したらちゃんと美容院に就職して、いつか地元で美容院をやりたいんだ」と、地道な生き方を模索しようとしている彼女に対して、僕は相変わらず浮ついたことばかり考えていて、

「俺は就職する気はないんだよね。大学にいる間に新人賞とって絶対小説家になるよ。でも芥川賞系の作家は飯食えないから、直木賞とって浅田次郎とか伊集院静みたいな作品を書きたいと思っている」などと完全に中二病状態の妄想を自信満々に披露しただけならまだしも、

「作家なんて別に東京にいる必要はないわけだから、福岡まで編集者が原稿を取りに来るベストセラー作家になる」などという、すっかりのぼせあがった、彼女と所帯を構えた後の人生設計まで披露してしまうのだった。いまの僕が当時の僕に会ったなら、2、3発頬を張ってやりたい。「目を覚ませ!」と。

「こうちゃんなら絶対なれるよ!だってこうちゃんから誕生日にもらった手紙、笑えるし泣けちゃうし、ほんとに感動したもん!」なんて彼女が言うものだから、すっかりその気になった僕は、まずは文藝春秋からデビューしてすんなり直木賞とって、そうだな講談社からも本を出したほうがいいな、でも作家となったらやっぱり新潮文庫に自分の名前が加わるのは誇りになるだろうから、新潮社とも早めに付き合っていた方がいいな、などとまったく意味のない妄想が頭を駆け巡ったのだった。

「夜露が窓をつつんで 悪い予感のかけらもないさ」

清志郎の歌詞は、当時の僕の愚かなひとりよがりを全くもって的確に言い表している。その後僕は「文学界新人賞」に都合3回落選し、普通に就職していくことになるのだから、あの湘南の海の一夜は、何一つ悪い予感のかけらも持ち合わせてはいなかった、傷の痛みを知らない愚かな青少年の物語でしかなかったのだ。

(次回へつづく)